彼女を一言で表すならば間違いなく「自由」だ。彼女は、私の十九年間と四ヵ月半の人生で唯一、「自由だ」と思った人だ。誰にも靡かず自分を確かに持っている彼女は、入学式の日、そう、彼女と私の人生という名の道が交わった日から、いつも背筋をすっと伸ばし颯爽と歩いていた。

 彼女の第一印象は「キャビンアテンダントの真似かな?」だった。黒髪をセンター分けして、おくれ毛一本たりとも残さず後ろで結い、紫のスカーフに黒のスーツ。まるで客室乗務員だ。まったくの無表情で挨拶をした彼女に抱いた感情はただひとつ、絶対に仲良くなれない。気が強そう、というよりは、我が強そうだった。まさか約一年経つ今日には、彼女に出会えていなければ私の人生はどうなっていたのだろうと思うほどに大切に思っているだなんて、あの頃の私には想像すらも出来ないだろう。

 かの有名な歌にこんな歌詞がある。

 

あたしあなたにあえてほんとうにうれしいのに

当たり前のようにそれらすべてが悲しいんだ

今痛いくらい幸せな思い出が

いつか来るお別れを育てて歩く

 

 私はこの歌が配信された当初、歌詞の意味が全く分からなかった。確か三、四年前だった。たいせつな人に会えてうれしいのに、どうしてそれら全部が悲しいの?今幸せなのに、どうして別れを考えるの?あの頃のこういった気持ちはもう私にはないけれど、いつまでもずっと忘れたくない。ほんとうは悲しむ必要も、別れを怖がる必要もないのだ。

 こんな気持ちになったのは彼女がはじめてだった。彼女に出会えたことは奇跡だ。彼女は山梨県出身で、小さい頃は舞妓になりたかったのだという。もしその道を選んでいれば。いや、数多くある選択肢の中からこの学校を選んでいなければ、私は彼女に出会うことすらできなかったのだ。それは、スタート地点にすら立てないということ。彼女の存在すらも知らないということ。彼女が「いる」と「知らない」のだから、出会いを悲しむことも別れを怖がることもそもそもないのだ。しかし私たちは出会ってしまった。彼女が「いる」と「知って」しまったから私は出会いを悲しむし、別れを怖がるのだ。彼女と私は、零か一だったのだ。中間なんてない、出会いを手放しで喜ぶことも、別れを考えないことも出来ないのだ。

 出会えたことすべてを悲しみ、幸せな思い出がいつか来る別れの恐怖を増幅させていく。彼女だけに言えることではない。家族や親友、好きな人。出会ってしまったことが悲しい。存在を知ってしまったことが悲しい。どんな風に笑うのか、何に涙を流すのか、何を許せず怒るのか知ってしまったから、彼女がもしもいなくなっても、彼女を笑わせたものを見れば私は彼女を思い出すし、彼女を泣かせたものを見たら私も同じように涙を流すだろう。彼女が許せなかったことは、私が代わりに許してあげよう。出会ってしまったから、彼女の存在を知ってしまったから、現実にいなくなっても私の思い出にはずっと生き続け、私の世界には彼女の足跡や影が時折ちらつくだろう。

 思い違いであればほんとうに恥ずかしいのだが、彼女も私を慕ってくれていると思う。今も彼女が私の名を呼ぶ声が少し遠くで聞こえる気がする。私よりも少し高い声で。本当に幸せだ、彼女の家までは電車で一時間ちょっとかかるが、会いに行こうと思えば電車に乗ってすぐだ。「今の学校で唯一ご飯を一緒に食べたいと思う」と言ってくれたことも「何も予定のない休日に私を外に連れ出せるのは彼女(私)だけだ」と言ってくれたこともある。私はこんなに幸せで良いのだろうか、私の前世はどれだけの良いことをしてくれたのだろう。彼女がいなくなっても私がいなくなっても世界は一秒後も一時間後も一年後も、その先何十年も何百年もずっと変わらず回り続けるし、いなくなったところで一瞬周りの人間が悲しむだけであって、すぐ忘れ去られるのだ。でも私は彼女に出会ってしまったからそうはいかない。彼女との楽しい思い出も悲しい思い出もなくなってしまうわけではなくとも、別離か死か、必ず彼女と私を引き離す別れによって私たちの未来はなくなってしまうのだ。必ず。