静かな夜だった。私はひとりで、コーンフレークをざくざくと握り潰した。明日は彼に出会って初めてのバレンタインデーだ。だが彼はいない。二十三時の飛行機で、ヨーロッパにあるマルタ共和国へと向かった。その日、彼の気配は一切しなかった。今日を入れた七日間、電話が来ることはないと知っていたからだろうか、もう彼は日本を立っているからだろうか。そんなことがあるのか。彼が日本にいないというだけで、彼の気配を感じないだなんて。私たちは遠距離だ。しかも、付き合っていない。正確には、まだ付き合っていない。だからどうというわけではないのだが、近くにいたわけでもないのに、彼の気配を感じないということは、一体全体どういうことなのだろうか。そんなことを考えながら、昨晩の電話を思い出した。「貴女のいない日本なんてただの島国だわ」という私に彼は、いつものが始まったと言わんばかりに少し笑った。

 彼の声を聴かなくなって四日目。それまで毎日彼の声を聴いていたから、七日間も声を聴けないなんて私はどうなってしまうのだろう、と不安ではあったが、その気持ちは良い意味で裏切られた。一日目は飛行機が無事に着くだろうかとハラハラしていたものの、無事に到着したとの連絡が来ると、それから悲しくなったり不安になったりすることもなくなった。彼から連絡が来ることはあまりなかったし、楽しい旅行の邪魔はしたくなかった。

 嫉妬。醜い感情だと言われる、嫉妬。私は今まで恋愛で「嫉妬」と呼ばれるような感情を持ったことがなかった。というより、その感情を知らない、という表現のほうが正しい。前の彼氏はイケメンで性格も良くモテてはいたが、ほぼ男子校のような学科に通っていたのと、女子に対してのコミュニケーション能力に欠けていたので、嫉妬に燃えるようなことはなかった。その前の彼氏も同様に、誰にでも優しく誰からも好かれている人だったが所謂「草食系男子」であったため、私が嫉妬するようなイベントは起こらなかったのだった。嫉妬なんて知らないほうがいい。みんなが口を揃えてそう言う。