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 あやちゃんと花火大会に行きたい。東京の花火大会は人すごいの?俺人混み苦手なんだよね。こっちだと大阪とか滋賀の花火大会が大きいよ。花火大会に行ったらなにか食べたいもの、ある?かき氷かあ、何味の?いちごかあ。かき氷って舌に色付くよね。あやちゃんがかき氷食べ終わったらキスしたい。え、あやちゃん。俺ディープキスなんて言ってないよ?あはは、可愛いなあ。そうだよ、あってる。他には食べたいものある?俺も綿あめで口の周りべたべたになるの嫌だなあ。だから、綿あめはあやちゃんが全部食べて。べたべたしたら俺が舐めてあげる。あはは、えー、だめ?花火大会に行ったらなにしたい?俺は金魚すくいと、スーパーボールすくいと、射的したい。うんうん、「金魚すくいで私が早くわざと負けて、買って喜んでいるはるくんを見たい」?子供みたいじゃん!全力で来て、勝ってみせるから。俺超上手いよ。もう、そこは「私も超上手い」って言うところでしょ、俺だって本当はめちゃくちゃ弱いよ。楽しみだなあ花火大会。あやちゃん浴衣着てくれる?綺麗なんだろうな。「はるくんの浴衣姿は世界一かっこいいと思うから寧ろ浴衣を見るためだけに花火大会に行きたい」?何言ってんの……俺も着よう。花火大会は人が多いから、屋台で楽しんだら花火買って帰って二人だけで花火しようか。でも途中から花火どころじゃなくなりそう。なんでって、あやちゃんが綺麗で見惚れちゃって。きっとキスしたくなる。この間の帰り際ほっぺにキスしてくれた時、あやちゃんの唇柔らかかったな……。あの日ずっとキスしたかった。うん、会ってすぐは緊張もしていたからそうでもなかったけど、水族館でクラゲ見ていた時ずっと我慢してた。クラゲを「綺麗」と言うあやちゃんのほうがずっと綺麗だったよ。手繋ぎたかったんだ?繋いでも良かったのに。じゃあ次デートする時は繋ごうか。手汗なんて気にしないよ。でも腕組まれるほうが好きかも。あやちゃん、水族館で何度かしようとしてたね。可愛かったなあ。

 人生は、驚きの連続だ。一年前の私は、これから始まる新しい日々への期待と不安に胸を膨らませファッション業界の門を叩いたというのに、今私はライターの仕事をしている。三か月前の私は数か月付き合っていた彼氏に別れを告げ、もう男は懲り懲りだと思っていたのに、今どうしても会いに行きたいと思う人がいる。

 すべては、直観だったような気がする。ファッションをやり始めたころは兎に角ついていくのに一生懸命だったけれど、ある程度自分の目標が達成され、私の人生にとって一番大切なものではないのだと気付いた。周りの人間にとってファッションは人生で一番大切なものだった。ただ私は、そうではなかった。日に日にファッションは苦痛になり、向き合うことが嫌になった。自分の精神が削り取られていくのがわかった。昼間電車に揺られ、車内に差し込む光を見つめているだけで幸せを感じて涙を零すほどに、追い詰められていたのだと思う。けれどそんな私を遠くから客観的に見ている私もいた。精神的苦悩も身体的苦痛も私の身代わりが感じていて、本当の私はずっとそばで苦しむ私を見つめていた。このままでは私は死んでしまう。直観だった。この道じゃない。直観で決めた。人生には数えきれないほどの選択肢がある。学生生活を送っていると視野が狭くなって、この道で成功できなければ人生終わり、と追い込まれがちだがまったくそんなことはない。今の道で失敗しても人生はゆるりゆるりと続いていくし、選べる道なんて山ほどある。

人生は本当にあっという間だけれど、日々を切り取っていくと果てしなくてどうしようもない気持ちになることがある。

 彼が「あやちゃんをぎゅってした時、いい匂いがした」と言った。あの日の帰り際、彼に抱き寄せられたことを思い返した。「ちょっとこっちに来て」と微笑む彼を不思議に思い、一歩、二歩と彼に近づくと、自分の「わっ」という驚きの声と共に、視界から彼の姿が消えた。私は彼に、抱きしめられていた。九センチのヒールを履いても、抱きしめられたときに私の口は彼の肩に及ばなかった。近づけたような気がしていた。高いヒールを履けば、彼と同じ世界が見えると思った。彼と同じ世界を見たいと思った。彼からは、水族館でも、喫茶店でも時折感じていた、あまくてやさしい匂いがした。私は彼の使う香水の匂いを知っているけれど、私が記憶する匂いよりも遥かにあまくやさしく、私の胸を締め付ける匂いだった。

 どこかで聞いたことがある。

「いい男は、女を気持ちよくさせるのが上手」だと。

 勿論それは、ベッドに入ってからもそうなのだけれど、ベッドに入る前から、

 待ち合わせは、品川駅の新幹線乗り場前だった。さほど緊張もせず、私は乗り場前を少しうろついた。反対側の南口に黒髪で遠めでも「ああ、イケメンなんだろうな」と感じる人がいた。それが、彼との出会いだった。

 暫く北口前で立っていると彼から連絡が来た。「みっけ」と。その言葉を見て、多分あの遠目イケメンだろうと確信した。歩いている時、一度視線が交わったからかもしれない。いくら待っても彼が歩き出そうとしないので、願掛けのつもりではちみつりんご味ののど飴を口に放り込み、私は人混みをすり抜けて彼の目の前で足を止めた。さっきの余裕はどこへやら、私の緊張はピークに達し、吐きそうなほど気持ちが悪かった。

 彼は、やっぱり格好良かった。勿論声も格好良かったけれど、昨日短く切ったという黒髪も、「こんなダサい恰好でごめんな」と言っている服装も、私を見つめる瞳も、すべてが格好良かった。

 アトレ品川の四階にあるカフェでフルーツボウルを食べ、カフェラテを飲んだ。彼は「顔三割、性格七割」らしいのだが、注文を終えるなり「三割いったわ。いや五割!」と笑った。恥ずかしくて、彼の目をまともに見れなかった。彼はよく電話で私を「プリンセス」と呼ぶのだが、目の前で呼ばれると流石に動揺する。こんな男が本当にいるのか、世の女性たちは何故この男を放っておくのだ?と思った。彼がお手洗いから帰ってきた後に私を促してくれて、帰ってきた時には会計は済ませていた。エスカレーターに乗る時も私を先に乗せてくれたり、さすがホテルマンは違うなと感心した。お金を出してくれたことに礼を言うと、彼は「顔パスって言えばよかったわ」と笑った。

 アクアパークでの私と彼との距離感、今思うとむず痒い。何度も触れる腕が熱かった。彼のいる方にバッグは持たず、よろめいた時に少し寄りかかるも、彼の左手に触れる勇気は出なかった。私はもっとぐいぐい行ける子だった気がするのだけれど、どうしてしまったのだろう。彼は本当に水族館を楽しいと思っているのだろうか、私と実際に会って嫌な気持ちになっていないだろうか、触れたい、でも嫌われたくない……彼はしばしば私を見つめ、「(魚が)綺麗だね」と言う私の耳元で「あやちゃんには劣るな」と言った。笑って目を逸らすことしか出来なかった。

 「もうちょっと一緒にいたい」と言い入った喫茶店で、彼はアイスクリーム付きのアップルパイ、私はホットチェリーパイを食べた。彼は私の手を握り、「触りたかった」と言った。私は何も言えなかった。クリスマスの次の日に彼が言った「あやちゃんと一緒になりたい」の真意を問い詰めたが、「次もっと長く居れる時に話すから。指切り」と小指を差し出した。「そんなに悲しい顔をしないで」と笑った。幸せすぎて、居心地が良すぎてずっと微笑んでいる私に彼は「なんでずっとにやけてんの」と笑った。にやけているのではない、微笑んでいるのだ。

 ほぼ満員の山手線に揺られた。真顔で椅子に座る私を見て、彼は指でキツネを作って見せた。外国人に道を尋ねられた彼は流暢な英語を話し、渋谷駅の二階でスクランブル交差点とハチ公を眺め、彼の「渋谷嫌だ」という嘆きに頷き、田園都市線三軒茶屋へと向かった。終わりの時間が近づいていた。三軒茶屋駅のマップの前で、彼は私の頬に、髪の毛越しにキスをした。私はこのまま一緒に朝を迎えたいとすら思っていた。地上に出てファミリーマートハーゲンダッツの新作を確認し終えると、彼は友達に連絡を取った。

 もう終わりの時間だ。私は周りに人がいないのを確認してすぐ、彼の右頬にキスをした。照れている彼が愛おしくて堪らなかった。マップの前で彼は私に手招きをして、優しく抱きしめた。突然のことで記憶が曖昧なのだが、私の耳元で彼は別れを告げた。「ああ、好きだ」そう思った。

 彼に手を振り、階段を下りながら、私は目に水が溜まっていくのを感じた。そして少しずつ、彼との時間は私の夢になっていった。彼は泡のように消えた。五分前まで後ろにいる私を横目で確認しながら歩いていた彼はもういなかった。たったの五分前なのに。今日一日のことは私が見ている夢なのかもしれなかった。私の手を握る細い指も、私を見つめる二重の瞳も、ふとした時に感じる優しくて甘い香りも、いたずらっぽく笑う口元も、すべてが、もしかしたら夢なのかもしれなかった。久しぶりに高いヒールを履いたせいでじんじんと痛む足の裏だけが、これは現実なのだと教えてくれた。

 もっと彼にくっつけばよかった。もっと彼の顔を見て笑えば良かった。もっと、もっと彼と見つめあえば良かった。恥ずかしいあまり顔を背けていたけれど、その瞬間の私はその時間が永遠に続かないのだという実感が湧いていなかった。ずっとこのまま、彼の隣で笑って、一緒にご飯を食べて、あーんって分け合えると思っていたのだった。

 彼は今何を思っているのだろうか。私は無気力のまま真っ暗な玄関にしゃがみ込んだあと、やけになって夜の二十二時にハヤシライスを食べ、寒い部屋でキーボードを打っている。

 目の前の彼女はよく笑う女の子になっていた。入学式の頃とは大違いだ。全然笑わない子だった。

 もっと冷たい人間になりたかった。愛なんて知らなきゃよかった。たまにそう思うことがある。この人にも大切な人がいるからとか、根はいい人だからとか、そう思っていないわけではないけれど、無意識に誰かを悪く思うのは良くないことだと思っていて、自分の本当の感情を騙すようなことをしている。もうほとんど癖のようなもので、本当の感情がどこにあるのか私ももうよくわからない。誰かを傷つけるのは嫌だと思うけれど、自分の感情を隠して「良いこと」を言うことで私の心は少しずつ擦り減っていく。

 本当の私はどこにいるのだろう。本当はどこにもいないのかもしれない。「世界五分前仮説」のように、世界は五分前に作られたのかもしれないし、「水槽の脳」のように、私の体はどこにもなくて、脳だけが水槽の中に浮かんでいるのかもしれない。私が感じているこのキーボードの感触も、すべて脳がなければ感じることは出来ないのだから、体がないと言われてもおかしくはないのだ。