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 「笑気ガス」。少しひんやりとする空気をすぅっと吸い込んだ。少しずつ頭がぼんやりとしてくる。歯科助手の女性が、私の歯茎の淵を器具でなぞる。そのガスを吸うと、痛みを感じなくなるらしい。

 

 くすんだブルーのマニキュアを爪に伸ばした。今の私。

 

 昨日は雨が降っていた。今朝もアスファルトは濡れたままだったが、雨の日特有のあの匂いはしなかった。「雨の日の匂いは、アスファルトと死んだ虫や残骸の匂いなんだ」と誰かが言っていた気がするが、それが事実かそうでないかはどうでもいい。雨がアスファルトに打ち付けられて、そこで何かしらの化学反応が起きてあの匂いが立ち込めるのだ、きっと。そうでなければ、水をアスファルトに零した時にあの匂いがしない理由を説明できないじゃないか。だからやっぱり、雨とアスファルト(と、もしかしたら残骸の)化学反応なのだろう。

「仕方ない」

 この言葉は便利だ。たった一言ですべてを終わらせることができる。何度この言葉に救われただろう。他人の自分勝手さに嫌気が差した時、どうしようもなく辛い時、この言葉を繰り返すだけで私の心はスーッと落ち着き、本当に「仕方ない」気がしてくるのだ。しかし最近気が付いたのだが、どうやら落ち着いていたわけではないらしい。自分の汚い感情を見たくないばかりに「仕方ない」という言葉で壁を作り、溢れ出る醜い感情を無理矢理心の奥底へと追いやっていただけらしい。

 仕方ない仕方ない仕方ない、人には人の人生があるのだから仕方ない、これは私が成長するための試練なのだから仕方ない、そう自分に言い聞かせ、醜い感情に蓋をしているうちに私の精神はさらにドス黒くなり、ついに死んだ。

 でも、それならどうしろというのだ。「仕方ない」と心を鎮める他に方法は無かった。他人を悪く言うのも、自分の醜い感情と向き合うのも嫌だった。もう、「仕方ない」と諦めるしか無かったのだ。確かに感情が溢れて誰彼構わず八つ当たりをしてしまいそうになるのは悪い癖だ。じゃあ日頃からこの鬱憤を晴らしていればよかったのか?そんな真似はしたくない。「仕方ない」なんて言っているから都合のいいように思われるなんてわかっているけれど、それ以外の最善策が見つからないのだ。私はいつまでもこうやって生きていくのだろうか。

 あやちゃんと花火大会に行きたい。東京の花火大会は人すごいの?俺人混み苦手なんだよね。こっちだと大阪とか滋賀の花火大会が大きいよ。花火大会に行ったらなにか食べたいもの、ある?かき氷かあ、何味の?いちごかあ。かき氷って舌に色付くよね。あやちゃんがかき氷食べ終わったらキスしたい。え、あやちゃん。俺ディープキスなんて言ってないよ?あはは、可愛いなあ。そうだよ、あってる。他には食べたいものある?俺も綿あめで口の周りべたべたになるの嫌だなあ。だから、綿あめはあやちゃんが全部食べて。べたべたしたら俺が舐めてあげる。あはは、えー、だめ?花火大会に行ったらなにしたい?俺は金魚すくいと、スーパーボールすくいと、射的したい。うんうん、「金魚すくいで私が早くわざと負けて、買って喜んでいるはるくんを見たい」?子供みたいじゃん!全力で来て、勝ってみせるから。俺超上手いよ。もう、そこは「私も超上手い」って言うところでしょ、俺だって本当はめちゃくちゃ弱いよ。楽しみだなあ花火大会。あやちゃん浴衣着てくれる?綺麗なんだろうな。「はるくんの浴衣姿は世界一かっこいいと思うから寧ろ浴衣を見るためだけに花火大会に行きたい」?何言ってんの……俺も着よう。花火大会は人が多いから、屋台で楽しんだら花火買って帰って二人だけで花火しようか。でも途中から花火どころじゃなくなりそう。なんでって、あやちゃんが綺麗で見惚れちゃって。きっとキスしたくなる。この間の帰り際ほっぺにキスしてくれた時、あやちゃんの唇柔らかかったな……。あの日ずっとキスしたかった。うん、会ってすぐは緊張もしていたからそうでもなかったけど、水族館でクラゲ見ていた時ずっと我慢してた。クラゲを「綺麗」と言うあやちゃんのほうがずっと綺麗だったよ。手繋ぎたかったんだ?繋いでも良かったのに。じゃあ次デートする時は繋ごうか。手汗なんて気にしないよ。でも腕組まれるほうが好きかも。あやちゃん、水族館で何度かしようとしてたね。可愛かったなあ。

 人生は、驚きの連続だ。一年前の私は、これから始まる新しい日々への期待と不安に胸を膨らませファッション業界の門を叩いたというのに、今私はライターの仕事をしている。三か月前の私は数か月付き合っていた彼氏に別れを告げ、もう男は懲り懲りだと思っていたのに、今どうしても会いに行きたいと思う人がいる。

 すべては、直観だったような気がする。ファッションをやり始めたころは兎に角ついていくのに一生懸命だったけれど、ある程度自分の目標が達成され、私の人生にとって一番大切なものではないのだと気付いた。周りの人間にとってファッションは人生で一番大切なものだった。ただ私は、そうではなかった。日に日にファッションは苦痛になり、向き合うことが嫌になった。自分の精神が削り取られていくのがわかった。昼間電車に揺られ、車内に差し込む光を見つめているだけで幸せを感じて涙を零すほどに、追い詰められていたのだと思う。けれどそんな私を遠くから客観的に見ている私もいた。精神的苦悩も身体的苦痛も私の身代わりが感じていて、本当の私はずっとそばで苦しむ私を見つめていた。このままでは私は死んでしまう。直観だった。この道じゃない。直観で決めた。人生には数えきれないほどの選択肢がある。学生生活を送っていると視野が狭くなって、この道で成功できなければ人生終わり、と追い込まれがちだがまったくそんなことはない。今の道で失敗しても人生はゆるりゆるりと続いていくし、選べる道なんて山ほどある。

人生は本当にあっという間だけれど、日々を切り取っていくと果てしなくてどうしようもない気持ちになることがある。

 彼が「あやちゃんをぎゅってした時、いい匂いがした」と言った。あの日の帰り際、彼に抱き寄せられたことを思い返した。「ちょっとこっちに来て」と微笑む彼を不思議に思い、一歩、二歩と彼に近づくと、自分の「わっ」という驚きの声と共に、視界から彼の姿が消えた。私は彼に、抱きしめられていた。九センチのヒールを履いても、抱きしめられたときに私の口は彼の肩に及ばなかった。近づけたような気がしていた。高いヒールを履けば、彼と同じ世界が見えると思った。彼と同じ世界を見たいと思った。彼からは、水族館でも、喫茶店でも時折感じていた、あまくてやさしい匂いがした。私は彼の使う香水の匂いを知っているけれど、私が記憶する匂いよりも遥かにあまくやさしく、私の胸を締め付ける匂いだった。

 どこかで聞いたことがある。

「いい男は、女を気持ちよくさせるのが上手」だと。

 勿論それは、ベッドに入ってからもそうなのだけれど、ベッドに入る前から、